交通事故で有給を使った場合、休業補償・休業損害は請求できる?

作成日
2023/06/05
更新日
2023/06/05

目次

交通事故で有給を使った場合、休業補償・休業損害は請求できる?
交通事故によるケガで仕事を休んだ場合、その間得られなかった収入については労災保険の休業補償や自賠責保険の休業損害の給付が受けられます。

もっとも、有給休暇を使った場合は休んだ期間について給与が出るため、これらの給付は受けられないとも思えます。

結論から言うと、有給休暇を使って仕事を休んだ場合でも、休業損害については請求することができます。

この記事では、
  • 休業補償・休業損害とは何か
  • 有給休暇を取得した場合の休業損害の請求方法
  • 休業補償・休業損害における有給休暇以外の休日の扱い
  • 休業補償・休業損害を請求する際のポイント
について、弁護士が解説します。

交通事故の被害者が利用できる「休業補償」「休業損害」とは

休業補償と休業損害はどちらも、事故でケガを負って働けなくなったときに、減った(得られなくなった)収入を補填するためのものです。
言葉は似ていますが、両者は同じものではなく、
  • 休業補償……労災保険へ請求するもの
  • 休業損害……(事故の加害者が加入する)自賠責保険へ請求するもの
です。

なお、公務員の方には、民間の労災保険に相当する公務災害補償制度があります。

交通事故では、加害者側保険会社による休業損害が基本で、労災の休業補償は例外的・補充的とされていますので、以下では、その順でそれぞれの特徴について説明します。

(1)休業損害

休業損害とは、交通事故の相手方(加害者)の責任として、相手方が加入する自賠責保険または任意保険へ請求するものです。
自賠責保険とは、車やバイクの所有者全員に加入が義務付けられている保険で、被害者のケガや死亡などの人身損害に対し、最低限の補償を提供する保険です。

自賠責保険だけでは、被害者に対する賠償額が不足していることがあり、被害者から訴訟等で請求されると差額を加害者自身の財産で支払う必要があります。また、自賠責保険は物損を補償しませんので、相手方の車両の修理費等を加害者自身の財産で支払う必要があります。

自賠責保険だけでは、加害者となって事故を起こしたときに大きな出費が必要となって、不動産を処分したり破産してしまうリスクがありますので、多くの人が自賠責保険の上乗せで任意保険にも加入します。

任意保険とは、自賠責保険に上乗せで、加害者が被害者に対して負う人身損害と物件損害の両方を補償する保険で、多くの人が加入しています。(2019年時点では、対人、対物とも74%です)

任意保険には、被害者に対する示談交渉サービスが付帯しており、被害者に対する内払いや慰謝料の支払いについて、加害者に代わって自賠責保険を含めた「一括対応」をします。任意保険会社は、示談中または示談後に、任意保険の支払額のうち自賠責部分を自賠責保険に対して求償します。

被害者が診断書や診療報酬明細等の資料を集めて、被害者自身が自賠責保険を直接に請求することもでき、これを「被害者請求(16条請求)」と言います。被害者が「被害者請求」をすると、任意保険会社の「一括対応」は解除されます。
交通事故のケガで、会社を休んで給与や賞与が減ったり、店を閉めて売り上げと利益が減るなどの損害を被った場合には、加害者が加入している自賠責保険または任意保険に休業損害を請求することができます。
休業損害は、労災と異なり、仕事中や通勤中だけでなく、休暇中の事故により損害を受けた場合でも請求できます。

(2)休業補償

休業補償は、労災保険へ請求するものです。
労災保険とは、一人でも従業員を雇う使用者に加入が義務付けられている保険で、保険料は全額会社が負担しています。
交通事故で労災保険が使えるのは、仕事中や通勤中の事故により損害を受けた場合のみです。

交通事故後にも同一の勤務先で勤務を続けている場合は、通常、勤務先の総務に労災利用することを申告して、事故証明書や診断書を提出します。通勤中または勤務中に事故に遭ったことを会社が証明する必要があるからです。

勤務先が労災利用を拒否していたり、被害者が事故後に退職した場合には、勤務先を管轄する労働基準監督署に直接に労災を請求することができます。

(3)休業補償と休業損害で給付される金額は?

【休業損害(自賠責保険)】
ア 一日あたりの金額
休業損害で給付される1日あたりの金額は、計算式によって異なります。

a.自賠責基準(自動車損害賠償保障法で定められた、最低限の賠償基準)の場合
1日につき原則6100円。これを超えることが明らかな場合は、1日につき1万9000円を上限として支払われる(いずれも2020年4月1日以降に起きた事故の場合)。
治療費、慰謝料等と併せて合計120万円まで。

b.任意保険の場合
  • 給与所得者については事故前3ヶ月分の給与額の合計÷90(原則:いわゆる90日割)
  • 事業所得者(自営業者)については事故前年の確定申告書に記載された所得金額の合計÷365(原則)。計算が複雑な場合や資料がない場合は、自賠基準の6100円を用いる。
  • 家事従事者(専業主婦(夫))については1日あたり自賠基準の6100円。
c.弁護士の基準(弁護士が、加害者との示談交渉や裁判で用いる賠償基準)の場合
  • 給与所得者について、入院など連続休業の場合は事故前3ヶ月分の給与額の合計÷90
通院などの為に日を空けて休業している場合は、事故前3ヶ月分の給与額の合計÷勤務日数(営業日割)
  • 事業所得者(自営業者)については事故前年の確定申告書に記載された所得金額に固定費を加えていた額の合計÷365
  • 家事従事者(専業主婦(夫))については1日あたり1万630円(2019年度)。
イ 支給される日数
原則としてケガの支障と治療のため休業した日数分が給付されますが、症状固定(=それ以上治療しても改善しない状態)と診断されると給付は打ち切りとなります。

自営業者の場合は、休業日数の証明が難しいため、入院日数+通院日数を便宜的に休業日とすることがあります。

家事労働者の休業日数の算定にも入院日数+通院日数を用いることがありますが、裁判の場合には、受傷と支障の程度から、期間を区切って逓減方式で算定します。

午前中通院して、午後は業務していた場合には、通院日数の2分の1を採用することもあります。

【休業補償】
ア 一日あたりの金額
休業補償で給付される金額は、休業1日につき給付基礎日額の60%に相当する額です。
給付基礎日額は、労働基準法で規定される平均賃金に相当する額です。
平均賃金は、基本的には事故発生日以前の3ヶ月間に支払われた賃金の総額を当該3ヶ月間の総日数(暦日数)で割って算出します。

労災休業補償には、給付基礎日額の20%に相当する「休業特別支給金」も付加されますので、合計して80%の支給が受けられることになります。

公務員の場合、公務災害補償基金から、上記の特別支給金相当で、見舞金の趣旨として休業援護金があります。地方公務員の場合、公務災害による休業中にも報酬を減額せず支給すると条例で定めている自治体もあります。

イ 支給される日数
原則としてケガの治療のため休業した日数から待機日である3日を引いた日数が給付されますが、療養開始後1年6ヶ月経過し、そのケガが治っておらず傷病等級表の傷病等級(1~3級)に該当する程度の障害がある場合は、傷病補償年金に移行します(非常に重度の受傷で治療が続いており就労に復帰できていない場合の制度で、稀な場合です)。

(4)両者の違いと注意点

休業補償と休業損害の主な違いは次の表のとおりです。

【休業補償と休業損害】
休業損害(自賠責保険) 休業損害(任意保険) 休業補償(労災保険)
請求先 自賠責保険引受会社 任意保険会社 労働基準監督署
対象範囲 業務中や通勤時以外の交通事故によるケガも対象 業務中や通勤時以外の交通事故によるケガも対象 業務上または通勤上の病気・ケガ
計算方法(1日あたり) 原則:6100円
例外:これを超えることが明らかな場合には、1日につき1万9000円を上限として支払う(※1)
原則:休業損害証明書記載の3ヶ月合計金額を90分の1(90日割) 不明の場合は6100円正当な金額である限り上限はない ア 給付基礎日額(平均賃金に相当する金額)×60%
イ 休業特別支給金:給付基礎日額×20%
上記ア+イの合計額
給付対象期間 休業の必要性と相当性が認められる期間 休業の必要性と相当性が認められる期間 休業の4日目から(※2)休業が必要と認められる期間
給付上限 120万円(※3) なし なし
自営業者・専業主婦(夫)など 給付される 給付される 給付対象外
有給休暇取得日 給付される 給付される 給付対象外
過失相殺 あり あり 支給時にはなし 任意保険との関係ではあり(※4)
※1 いずれも自賠責基準による金額(2020年4月1日以降に起きた事故の場合)。
※2 労働者災害補償保険法14条。なお、初日から3日目までについては、労災保険からではなく勤務先より平均賃金の60%が支払われることになっています(労働基準法76条)。
※3 ケガの治療費や慰謝料などを含めて。
※4 いわゆる「労災保険の損益相殺は過失相殺後」の論点。最高裁は、平成元年4月11日判決(民集43巻4号209頁)に於いて、労災保険の支払金が加害者の賠償責任との間で損益相殺されること、労災保険の支払金は過失相殺後に損益相殺することを判示しました。労働者の過失を問わずに労働者の損害を補償している労災保険の制度趣旨に合致しているのか悩ましい判例ですが、現在でも有効と考えられています。
休業損害と休業補償で補償が重複した部分は、一方が差し引かれます。つまり、同じ補償を二重に受けることはできません。
休業損害と休業補償の両方を利用できる場合に、どちらを優先的に利用するかは本人の自由です。したがって、メリットが大きいほうを利用できます。

しかし、交通事故の場合、休業補償を支給した労災保険は加害者の任意保険会社に求償しますので、そこで迂回する手間が生じます。特に、追突事故など過失割合が0:100の場合は、労基署から加害者側の任意保険会社にまずは請求するようにと案内されることもあるようです。任意保険会社が治療費や休業損害の対応を拒否した場合には、労災を問題なく請求できます。
休業補償と休業損害の主な違いについて見ると、自賠責保険や任意保険の休業損害は、通勤中・勤務中の事故でなくても請求が可能です。その点で、労災保険の休業補償よりも対象となる損害の範囲が広いといえます。
その他、休業補償については、自営業者や専業主婦(夫)は労災保険に加入していないため請求できない、有給休暇取得日については休業補償の給付対象にならない(後述)などが休業損害と異なります(自営業者は労災保険に特別加入できる場合があります)。
他方、休業損害は過失相殺(※)で減額されることがあります。
(※)過失相殺……交通事故が起きた際に、被害者側と加害者側それぞれにどの程度の原因や責任があるのかを示す割合(=過失割合)に応じて、損害賠償額を差し引くもの。ただし、一括対応中の保険会社は、自賠責保険金枠内(傷害部分120万円)の自賠責保険認定額を下回る示談をすることはできません。

休業補償と休業損害のどちらも使える場合で、加害者が任意保険に入っていない場合や被害者の過失割合が大きい場合には、労災保険の休業補償を使うほうがよいケースが多くなります。

また、労災保険は、事故の加害者側と示談が成立していなくても支払われるため、加害者と過失割合や休業日数等で示談について揉めている場合にも、休業補償を選択するほうがよいことがあります。

なお、休業補償における休業特別支給金(給付基礎日額×20%)については、自賠責保険から給付された休業損害の給付額に関係なく請求可能です。したがって、休業損害の給付を受けていても請求するのが有利です。

交通事故で有給休暇を取得した場合でも補償されるのは休業損害のみ

交通事故によるケガの治療のために有給休暇を取得した場合、その日については休業損害の対象にはなりますが、休業補償の対象にはなりません。
つまり、交通事故で有給休暇を取得した場合、休業が補償の対象となるのは休業損害のみです。

この点について、以下で説明します。

(1)有給休暇取得日は休業損害の対象になる

有給休暇を取得することは、法律(労働基準法39条)で定められた労働者の権利であり、その利用目的は労働者に委ねられます。したがって、交通事故によるケガを理由として取得することもできます。
もっとも、有給休暇には給与が支払われているのに、なぜ休業損害の対象になるのでしょうか。それは次の理由によります。

そもそも交通事故にあわなければ、治療のために有給休暇を消化しなくて済んだことになります。つまり、交通事故にあったことで、他の理由で有給休暇を取得する自由を奪われたと考えることができます。
したがって、交通事故のせいで有給休暇を取得したという損害に対しても、休業損害による補償が行われるのです(※)。

(※)神戸地裁平成13年1月17日判決は、その理由として「本来なら自分のために自由に使用できる日を本件傷害のために欠勤せざるを得ない日に充てたのであるから」と述べています。

ケガの治療のため有給休暇を取得した場合、休業損害証明書に、
  • 治療のために有給休暇を使った日数
  • 損害(=有給休暇を取得しなくても得られたはずの収入)
をきちんと記載することが重要です。

【休業損害証明書】
休業損害証明書

(2)有給休暇取得日は休業補償の対象にはならない

これに対して休業補償のほうは、有給休暇を取得した日については補償の対象となりません。
その根拠は労働基準法76条にあります。
労働基準法76条によれば、休業補償は次のア〜ウの要件をすべて満たすときのみ給付されます。

ア 業務上の事由または通勤による負傷や疾病による療養のため
イ 労働することができない
ウ 賃金を受けていない

有給休暇を取得した場合は、上記のうちウの要件を満たさないため、休業補償は支払われないことになります。

休業補償・休業損害における有給休暇以外の休日の扱い

有給休暇以外にも、勤務先にはいくつかの種類の休日があります。
では、有給休暇以外の休日は、休業補償・休業損害においてどのように扱われるのでしょうか。以下で説明します。

(1)所定休日

「所定休日」とは、「法定休日」(=労働基準法第35条により週1日必ず設けなければならない休日。多くは日曜日)以外に、勤務先が任意で定めることができる休日をいいます。
現在は週休2日制をとっている職場が多く、土曜日などがこれに該当します。
所定休日については、休業補償と休業損害でそれぞれ次のような扱いとなります。

【休業補償】
下記ア〜ウの要件を満たせば、所定休日分についても休業補償が給付されます。

ア 業務上の事由または通勤による負傷や疾病による療養のため
イ 労働することができない
ウ 賃金を受けていない

【休業損害】
休業損害については、所定休日分は基本的に対象外ですが、計算方法によっては、所定休日分も対象にできる場合があります。
具体的には、入院中など連続して休業しており、休業による損害を算出するにあたり、平均日額(事故前3か月の給与の合計額÷90)に所定休日も含めた日数をかける方法です。

(2)産休や育休

事故にあった被害者が、産休や育休中だった場合は以下のようになります。
【休業補償】
産休や育休中に会社から賃金を受け取っている場合は給付対象外となります。

【休業損害】
産休や育休中に会社から賃金を受け取っている場合は、原則として給付対象外となります。
もっとも、育児休業中などで勤務先から一部賃金を受けている場合にも、主婦としての家事労働はしており、事故によって家事労働が制限されているなどの主張が認められれば、休業損害の給付を受けられることもあります。

ちなみに、休業損害の計算における収入の基準(日額)について、専業主婦(夫)などの家事従事者の場合には、厚労省の賃金構造基本統計調査(賃金センサス)によって算出した女性労働者の平均賃金が基準となります(例えば、2019年度においては1万630円)。
兼業主婦の場合は、現実の収入額が賃金センサスの女性労働者平均賃金よりも低い場合は平均賃金を、高い場合は現実の収入額が基準日額となります。

交通事故による休業で適正な補償を受けるには弁護士への相談がおすすめ

休業による損失に対して適正額の補償を受けるためには、休業損害証明書などの必要書類を用意し、十分な知識に基づき正確な内容を記入する必要があります。
また、通勤中や仕事中の事故であれば、休業補償と休業損害のどちらを優先的に利用すべきかを慎重に検討する必要もあります。

さらに、休業損害や休業補償の請求には時効も設けられています。
休業損害については、民法上、交通事故発生時または症状固定時から5年(※)で消滅時効にかかり、請求できなくなります。
(※)2020年4月1日の民法改正により3年から5年に延長されました。

休業補償については、治療により労働することができず、賃金を受け取れない日ごとに請求権が発生し、請求権が発生した翌日から2年が経過すると、時効となり請求権が消滅します。
このように、限られた時間の中、自力で全ての請求手続きを行うのは被害者にとって大きな負担となります。
交通事故のケガによる休業に関して、適正額の補償を確実に受けたい場合は、手続きを弁護士に依頼することがおすすめです。

【まとめ】交通事故での休業に対する補償については弁護士にご相談ください

交通事故の被害者は、ケガの治療のために仕事を休んだことについて休業損害や休業補償を受けられます。
休業損害の場合は、治療のために有給休暇を取った場合にも補償対象となります。
休業補償や休業損害の請求手続きは複雑です。弁護士に依頼すれば、ご自身は治療に専念できるとともに、適正な給付を受けられる可能性が高まるというメリットがあります。
特に休業損害については、加害者側との示談交渉を弁護士に依頼すれば、弁護士基準を用いた交渉により加害者側が提示する金額よりも増額できる可能性もあります。

休業による損失、およびその補償についてお悩みの方は、アディーレ法律事務所にご相談ください。

交通事故の被害に関するご相談は
何度でも無料!

弁護士法人アディーレ法律事務所のチャンネル

この記事の監修弁護士

岡山大学、及び岡山大学法科大学院卒。 アディーレ法律事務所では刑事事件、労働事件など様々な分野を担当した後、2020年より交通事故に従事。2023年からは交通部門の統括者として、被害に遭われた方々の立場に寄り添ったより良い解決方法を実現できるよう、日々職務に邁進している。東京弁護士会所属。

中西 博亮の顔写真
  • 本記事の内容に関しては執筆時点の情報となります。